漢方コラム

 ここでは漢方に関わる話題や雑学的な内容を掲載していきます。

目 次
  1. 漢方はなぜ効くのか?効かないのか? 
  2. もう一つの「水中毒」について 
  3. 「熱中症」の処置で大切なこと 
  4. 「葛根湯」という漢方 

漢方はなぜ効くのか?効かないのか?

漢方はなぜ効くのか?

 「漢方治療の概要」のページでお話しした「目標」に沿い「証(しょう)」に適合した漢方を使用すれば,手遅れや重症でない限り大抵は改善が得られます。

※以前お話しした「葛根湯」を例に挙げますと,これは“悪寒、発熱、感冒の初期”ではなく,「葛根湯証」が現れていることがその使用条件となります。
※効果の現れ方は,病症の種類、程度、養生、罹患期間などにより様々です。

漢方はなぜ効かないのか?

 考えられる要因は以下のとおりです。

1.漢方選定の誤り(簡素な早い選定)

 最終的に,病名や臨床検査の結果など,現代医学の基準のみに従って漢方を選定している場合は単純に運まかせとなります。
 同じ名前の病気を患っている他の方が使用して効果が得られた漢方の場合も同様です。

※同種の病気を患っていても個別の判断が必要です。(「同病異治」
※漢方の効能として書かれている病症は「証」ではなく,現代医学的に簡単にまとめられた素人レベルの目安であり,基本的な使用目的として登録されている内容に過ぎません。


2.発症、悪化の原因が解消されない(原因がそのままの場合)

 飲食の不摂生を改善できない、心配事が解決しない、ストレスを受け続けている、思い込みや誤った情報に流される、、、など多岐にわたります。
 症状をある程度軽減できることが多いですが,次第に効かなくなったり再発生もしやすくなります。

※治療の一環として生活習慣の見直しにはご協力を頂いておりますし,他の原因に対しては一緒に改善策を考えるようにしています。

掲載:2024/07/09
更新:2024/07/11

もう一つの「水中毒」について

 昨今話題になっている水中毒(みずちゅうどく)についてお話しします。
 一般的には夏季に生じやすく,汗をかきやすい体質の人に多いようです(季節に関わらず長時間大量に発汗する環境下にある場合も注意が必要です)。

 現代医学的な見方では,水分補給の際に水と共に失った電解質も一緒に補わなければ,体液が薄くなり過ぎて神経系や腎機能に異常を来すというものです。
 電解質とは水に溶けると+(プラス)と−(マイナス)のイオンに分かれる物質のことで,膜組織の透過性や神経伝達などと関係しており,最も代表的なものにナトリウム塩やカリウム塩があります。

 上記は非常に大切な内容ですが,他にも軽視できない重要な問題がありますので,ここではそれについて述べることにします。

 水分の代謝異常を中心とする症状であるため水毒(すいどく)に含まれますが,全体的に情況が一致する具体的な治療例(症例などの資料)は古い文献の中に見当たりません。
 現れた症状をグループ毎に治療することは可能ですが,中には重篤な場合もあり得ますので,原因に心当たりがある場合は,後にも先にも注意が必要です。
 最も大きな,そして最も多くの原因と考えられるのは生活環境や生活習慣の変化です。

冷蔵庫の普及と使い方の変化

 冷蔵庫は元々食料を一定期間保存するための道具であることは言うまでもありませんが,今では過度に冷やして飲食を楽しむための道具に置き換わっている部分が大きいです。
 猛暑では特に冷たい食品や飲料がおいしく感じるため多くを摂取しがちですが,程度が過ぎますと,その人の体質や体調によっては危険な状態に陥ることもあります。
 最近ではマイボトルと通称される便利な道具(保温容器)も普及し,過剰に冷えた飲み物を入れて持ち歩くケースも増えていますので危険度は更に高まります。

水中毒への流れ

 考えられる最も多いケースでお話しします。
 冷えた食品や冷たい飲み物を摂り続けますと,まず胃が冷やされて機能低下し,周囲の血管も冷やされて収縮します。
 正常な状態では胃からも一定の水分が吸収されますが,冷やし続けることで鈍化(程度が極まれば停止)します。
 必要な水分が充分に吸収されなくなると,ノドの渇きが潤わないため,また飲みます。
 これを繰り返し,飲んでも飲んでも潤わない状態になった場合,これがもう一つの水中毒です。

 水分は密度も高く重いため,水枕や水風船のようになった胃が体内にぶら下がっている状態となり,非常に重怠くなります。
 他の症状としては,吐き気、水様物の嘔吐、めまいなどが生じることが多いですが,同時に腹部動脈、心臓、呼吸器なども冷やされますので,胸・腹部動悸、呼吸困難なども生じ得ます。
 胃で吸収されなかった水分は最終的に大腸で吸収されますが,ここでも吸収されなければ水様便(水瀉下痢)となります。
 大腸で吸収されても,心臓や腎臓の機能低下により循環せず,汗も尿も出なければ全身浮腫に至ることもあります。

予防策

 上記のように,どのようにして水中毒になるかを考えれば予防ができると思います。
 以下に幾つかヒントを書き添えますのでご参考下さい。

・マイボトルに氷水(こおりみず)を入れる場合,口の中を冷やすために使用する(飲み込まずに吐き出すか,または少しぬるくなってから飲み込むようにする)。
・マイボトルに氷水を入れる場合,首などを冷やすタオルに染み込ませる目的で使用する。
・飲料水として携帯する場合の温度は,15℃(〜20℃)前後が良いと思います。
・発汗後,腹部が冷たくなっている場合は早めに温めて下さい。手のひらを当てて温めるのも良いですが,湿らせたタオルを電子レンジで蒸しタオル状にして腹部に当てるのも良いでしょう(火傷に注意)。40℃前後で良いと思います。

 漢方の原典の一つである《傷寒論》には「太陽病,発汗後,大汗出,胃中乾,煩躁不得眠,欲得飲水者,少少与飲之,令胃気和則愈。(太陽病,発汗した後,大量の汗が出て,胃腸の中が乾き,煩躁して眠れず,水を飲みたがる場合は,少しずつ飲ませれば,胃気が調和して癒える。)」という一文があります。
 これは,比較的大量の汗をかいた場合でも言えることですが,少しずつゆっくり飲むことが大切です。
 二千年近く前に大陸の南の地域で書かれた内容ですので,当然氷水はありません。
 この場合は基本的に常温の水か,或いは汗をかき過ぎない程度に温かいお湯を飲んで下さい。

掲載:2023/08/30
更新:2024/08/26

「熱中症」の処置で大切なこと

 熱中症(湯あたりも同様)に罹(かか)った場合,額、首筋、脇下などを少し冷やした方が良いケースがありますが,腹部だけは冷やしてはいけません。また,額、首筋、脇下も冷やし過ぎ(冷水、氷水など)はよくありません。これは体温分布や血流の急激な変化によってショックを引き起こす可能性があるためです。

 これは《金匱要略》にもヒントが書かれています。

《金匱要略》雑療法第二十三・第14条・方
凡中死,不可使得冷,得冷便死,療之方
 屈草帯,繞人臍,使三兩人溺其中,令温。亦可用熱泥和屈草,亦可扣瓦碗底按及車缸以着人,取令溺,須得流去,此謂道路窮,卒無湯,當令溺其中,欲使多人溺,取令温若湯,便可與之,不可泥及車缸,恐此物冷,既在夏月,得熱泥土、暖車缸,亦可用也。
【訳】熱中症で倒れた場合は,冷やしてはならない。冷やすと本当に死んでしまう。これを治療する方:
 草を曲げて帯にし,病人の臍の周りに繞(めぐ)らせ,その中へ二、三人に小便をさせて温める。熱い泥と曲げた草を用いても良い。或いは,叩き割った瓦碗の底や車缸を病人に密着させ,小便が流れ出ないようにする。これは路上で突然起こった際に,湯が無いため,その中へ小便をさせるのであって,多くの人に小便をさせたいところである。湯が有る場合は湯で温めるのが良く,泥や車缸は冷えている恐れがあるため,用いない方が良い。熱中症は夏に起こるので,熱い泥土や温まった車缸が得られるなら,これらを用いても良い。

 「中(ちゅう)」は,“的中”や“中毒”などと同様に“中(あた)る”という意味です。
 「暍(えつ)」は,中暑(暑気あたり)、日射病、熱射病、熱中症などを指します。

 この他の具体的な治療法は多岐にわたるため,ここでは省略します。

補足:脱水症について

 熱中症に伴う脱水症は急を要します。
 漢方でも治療法は幾つかあるのですが,救急搬送が必要となるケースも多いですし,素人による判断は危険を伴いますので,ここには記載しません。

 予防は,適度な水分補給です。
 “水分補給”を目的に(嗜好品とは別に)摂る際には,アルコール、カフェイン、人工甘味料などが含まれていないことが望ましいです。これは大切な水分の排出を促したり,水分の吸収を妨げたりする性質があるためです。
 ミネラルウォーター(硬水)は普段飲まれるのは良いのですが,水分補給が目的の場合は水道水(軟水)の方が良いでしょう。
 発汗などで水以外の不足も気になる場合は,スポーツ飲料、味噌汁、野菜スープ、調整された補水液などの他,古くからある方法としてスイカ(常温)に適量の食塩とレモン汁を振りかけて食べるのもおすすめです。

掲載:2023/07/18
更新:2024/07/11

「葛根湯」という漢方

 昨今,カゼ(風邪、感冒)の初期に用いるとされている「葛根湯」についてお話しします。

 カゼの初期とは恐らく外感病(感染症)のうち感冒と見なされる病症であって,(重症、軽症を問わず)病程がまだ浅い段階のことでしょう。
 “恐らく”と言いますのは“カゼの初期”が大雑把な表現であるためです。

 この段階は《傷寒論》の六経分類では太陽病であり,「葛根湯」もこの分類では太陽病の方(処方)に含まれます。

 太陽病とは以下のとおりです。※私が和訳した資料から要所で抜粋しています。

《傷寒論》辨太陽病脈証并治上・第1条
 太陽之爲病,脈浮,頭項強痛而惡寒。
【訳】太陽病とは,脈が浮で,頭痛し,項が強張り,且つ悪寒することである。

 この条件だけで必要となりうる漢方は他に「桂枝湯」、「麻黄湯」、「小青竜湯」等々があり,どれも皆病状(正確には“証”)によって使い分ける必要があります。また反対に,「葛根湯」の使い道は決して“カゼの初期”に特化したものではなく様々です。

 以下は「葛根湯」についてまとめた内容の一部です。

■ 葛根湯《傷寒論》《金匱要略》

 桂枝二両 麻黄三両 芍薬二両 葛根四両 甘草二両 生姜三両 大棗十二枚

【関連条文】

《傷寒論》辨太陽病脈証并治中・第31条
 太陽病,項背強几几,無汗惡風,葛根湯主之。
【訳】太陽病,項背部が几几として強張り,汗無く悪風する場合は,葛根湯がこれを主治する。

《傷寒論》辨太陽病脈証并治中・第31条・方
葛根湯方
 葛根四兩 麻黄三兩去節 桂枝成本無“枝”字二兩去皮 生薑三兩 甘草二兩 芍藥二兩成本有“切”字 大棗十二枚
 右(上)七味成本有“咀”二字,以水一斗,先煮麻黄、葛根,減二升,去白成本無“白”字沫,内諸藥,煮取三升,去滓。温服一升,覆取微似汗成本有“不須啜粥”一句。餘如桂枝法将息及禁忌。諸湯皆倣此成本無“諸湯皆倣此”五字
【訳】葛根四両 麻黄三両(節を去る) 桂枝二両(皮を去る) 生姜三両(薄く切る) 甘草二両(炙る) 芍薬二両 大棗十二枚(擘く)
 以上の七味を用意し,水を一斗注いで先に麻黄、葛根を煮る。二升減ったら白沫を去り,他の薬味を入れて三升になるまで煮詰め,薬滓を去る。一升を温服し,布団などで覆い,微かに汗ばむ程度の汗をかかせる。用法や注意点は桂枝湯と同じである。全ての湯薬は皆この方法に準ずる。

《傷寒論》辨太陽病脈証并治中・第32条
 太陽與陽明合病者,必自下利,葛根湯主之。
【訳】太陽と陽明の合病では,多くが自発的に下痢をする。葛根湯がこれを主治する。

《金匱要略》痙湿病脈証治第二・第12条
 太陽病,無汗,而小便反少,氣上衝胸,口噤不得語,欲作剛痙,葛根湯主之。
【訳】太陽病,汗をかかないのに,小便は却って少なく,気が胸に衝き上げ,口を固く閉ざして会話ができないのは,剛痙発作の徴候であり,葛根湯がこれを主治する。

《金匱要略》痙湿病脈証治第二・第12条・方
葛根湯方
 葛根四兩 麻黄三兩去節 二兩去皮 芍藥二兩 甘草二兩 生薑三兩 大棗十二枚
 右(上)七味,咀,以水一斗趙本作“七升”,先煮麻黄葛根減二升,去沫,内諸藥,煮取三升,去滓,温服一升,覆取微似汗,不須啜粥。餘如桂枝湯法将息及禁忌。
【訳】葛根四両 麻黄三両(節を去る) 桂枝二両(皮を去る) 芍薬二両 甘草二両(炙る) 生姜三両 大棗十二枚
 以上の七味を用意し,刻んで細かくし,水を一斗注いで先に麻黄、葛根を煮る。二升減ったら白沫を去り,他の薬味を入れて三升になるまで煮詰め,薬滓を去る。一升を温服し,布団で覆うなどして微かに汗ばむ程度の汗をかかせる。粥を啜る必要はない。用法や注意点は桂枝湯と同じである。

【 参 考 】

『方極』葛根湯
 治項背強急発熱悪風或喘或身疼者。

【 方 証 】

主:無汗で,悪寒し,項背が強張り,多くは経時的に口乾、小便不利、軟便・下痢を伴う。
兼:気の上衝感、口顎の強ばり。

『傷寒論方解』
1.頭痛身楚,項背強,悪寒発熱,無汗,腹微痛,或下痢,或乾嘔,或微喘,脈浮者。
2.痢疾、麻疹或天花的初期,悪寒発熱,頭項強痛,脈浮数而無汗者。

『実用金匱效方彙編』
 感冒与痺証或剛痙初起,悪寒発熱,頭痛身疼,項背強,身無汗,口噤,小便反少,脈浮或浮而有力者。

【参考病症】※方証(葛根湯証)が見られることを前提とする。

 流行性感冒、呼吸器感染症、胃腸炎、痢疾、咀嚼筋・側頭下顎関節炎、コステン症候群、肩凝り、末梢性顔面神経麻痺、頸椎(骨化)症、鼻炎、中耳炎、歯痛、皮膚病など。

『新撰類聚方』
1.感冒、流感、肺炎、麻疹、丹毒、猩紅熱、脳膜炎、日本脳炎、リンパ腺炎、扁桃腺炎、中耳炎などで発熱、悪寒、頭痛、項背部が凝るもの,或いは軽い咳,或いは軽い咽痛などを伴ってもよい。
2.肩こり、四十肩、五十肩、高血圧症による肩や項の凝り、首が廻らないもの、腰痛、関節リウマチなどで,実証で腹部に変化が無いもの。
3.破傷風初期、小児ひきつけ、脊髄空洞症などで,項背強急するもの。
4.口が開かないものを痙病と見なして治療した例がある。
5.トラコーマ、結膜炎、眼瞼炎、網膜炎、虹彩炎、急性球後視神経炎などの眼病で,頭痛、項背強張るもの。但し,下剤の証が無いもの。
6.副鼻腔蓄膿症、鼻炎、肥厚性鼻炎などで,頭痛、項背強張るもの。
7.気管支喘息で表実頭痛または項肩が凝るもの。
8.皮膚炎、湿疹、蕁麻疹などで,発赤強く分泌物の無い表証のもの。
9.フルンケル、カルブンケル、面疔、背癰、皮下膿瘍、筋炎などで発熱、悪寒、頭痛などの表証があるもの。
10.急性腸炎、急性大腸炎で発熱、頭痛または悪寒などの表証があるもの。
11.夜尿症を治療した例がある。
12.乳児の無声を治療した例がある。

 条文に“用法や注意点は桂枝湯と同じである”とありますが,その内容は以下のとおりです。

《傷寒論》辨太陽病脈証并治上・第12条・方
桂枝湯方
 桂枝三兩去皮 芍藥三兩 甘草二兩 生薑三兩 大棗十二枚
 右(上)五味,咀三味成本無“三味”二字,以水七升,微火煮取三升,去滓。適寒温,服一升。服已須臾,啜熱稀粥一升餘,以助藥力。温覆令一時許,遍身漐漐微似有汗者益佳,不可令如水流漓,病必不除。若一服汗出病,停後服,不必盡劑。若不汗,更服依前法。又不汗,後服小促成本有“”字其間,半日許令三服盡。若病重者,一日一夜服,周時觀之。服一劑盡,病證猶在者,更作服。若汗不出成本有“者”字,乃服至二、三劑。禁生冷、粘滑、肉麺、五辛、酒酪、臭惡等物。
【訳】桂枝三両(皮を去る) 芍薬三両 甘草二両(炙る) 生姜三両(薄く切る) 大棗十二枚(擘く)
 以上の五味を用意し,桂枝、芍薬、甘草の三味を刻んで細かくし,(生姜、大棗を入れて)水を七升注ぐ。弱火で三升になるまで煮詰め,薬滓を去る。適度な温度(適寒温)になったら一升を服用する。服用後,少し時間が経ってから,熱めの薄い粥を一升啜って薬力を助ける。布団などで覆い,一、二時間程暖を取る。この際,全身が微かに汗ばむ程度の汗をかくのが佳く,流れる程にかかせてはならない。止めどなく流れ出るようではその病は却って良くならない。もし一服して汗が出て癒えたならば服用を停止し,残りの湯薬はすべて服用する必要はない。もし汗が出なければ,前に記した方法で再度服薬する。それでも汗が出ない場合は後の服用間隔を狭め,およそ半日で三服する。もし病が重ければ,よく観察しながら一昼夜服用する。一剤服用後,病証がまだ存在するならば,更にもう一剤を作って服用する。もし汗が出ない場合は二、三剤まで服用する。なま物、冷えた物、身体を冷やす物、消化の悪い物、脂っこい物、肉類、小麦製品、香辛料、酒、酪、臭いの強いものなどを食してはならない。

 食事の制限が多いですが,では何を食べたら良いでしょう。答えとしては,まだ病み中で胃腸の機能が充分に回復していないので,消化の良い物を少し摂る程度が丁度良いようです。断食などを終えた直ぐの状態を想像していただければ,それとも似ています。

 これにつきましては,以下の条文も参考になるかと思います。
 (《傷寒論》の実用範囲にある最後の条文です。後人による追加とされていますが,治療の仕上げとしては大切な内容です。)

《傷寒論》辨陰陽易後労復病脈証并治・第398条
 病人脈已解,而日暮微煩,以病新,人強與穀,脾胃氣尚弱,不能消穀,故令微煩,損穀則愈。
【訳】病人の病脈は既に解けているのに,日暮れ時に微かに煩するのは,病が癒え始める時の胃腸の働きは未だ尚弱く充分に消化できないのに,(家)人が強いて食料を与えるからであり,食料を制限すれば癒える。

 ヒポクラテスの格言にもよく似たものがあります。
 「病人に食べさせると、病気を養う事になる。一方、食事を与えなければ、病気は早く治る。。。」
 炎症や腫瘍なども過飲や過食によって育つ(悪化する)ことが多いので程々にすべきですね。「腹八分目」(それは概ね“もう少し食べたい”と思う時の状態)。

 「葛根湯」も正しく用いなければ事故が発生する可能性が考えられますが,実際に(今のところ)事故の発生を耳にしないのは,上記本来の服用法に従っておらず,薬効をも充分に発揮されていないことが第一に考えられます。その他,液状の葛根湯製剤を冷えたまま服用するだけであったり,長期に渡って服用する人が少ないことも考えられます。

 体質的に汗をかきやすい人が長期服用する場合は,以下の「桂枝加葛根湯」を使用すると良いでしょう。

※「桂枝湯」に葛根を加えると「桂枝加葛根湯」になり,更に麻黄を加えると「葛根湯」になります

■ 桂枝加葛根湯《傷寒論》

 桂枝二両 芍薬二両 葛根四両 甘草二両 生姜三両 大棗十二枚

【関連条文】

《傷寒論》辨太陽病脈証并治上・第14条
 太陽病,項背強几几,反汗出惡風者,桂枝加葛根湯主之。方三。
【訳】太陽病,項背が几几として強ばり,却って汗が出て悪風する場合は,桂枝加葛根湯がこれを主治する。

《傷寒論》辨太陽病脈証并治上・第14条・方
桂枝加葛根湯方
 葛根四兩 麻黄三兩去節醫統本無“麻黄”一味藥 芍藥二兩 生薑三兩 甘草二兩 大棗十二枚 桂枝二兩去皮
 右(上)七醫統本作“六”味,以水一斗,先煮麻黄醫統本無“麻黄”二字、葛根,減二升,去上沫,内諸藥,煮取三升,去滓。温服一升,覆取微似汗,不須啜粥,餘如桂枝醫統本有“湯”字法将息及禁忌成本無“将息及禁忌”五字
 臣億等謹按:仲景本論,太陽中風自汗用桂枝,傷寒無汗用麻黄。今證云汗出惡風,而方中有麻黄,恐非本意也。第三卷有葛根湯證,云無汗,惡風,正與此方同,是合用麻黄也。此云桂枝加葛根湯,恐是桂枝中但加葛根耳。
【訳】葛根四両 麻黄三両(節を去る) 芍薬二両 生姜三両(薄く切る) 甘草二両(炙る) 大棗十二枚(擘く) 桂枝二両(皮を去る)
 以上の七味を用意し,水を一斗注いで先に麻黄、葛根を煮る。二升減ったら上に浮いた泡沫を去り,他の薬味を入れて三升になるまで煮詰め,薬滓を去る。一升を温服し,布団などで覆い,微かに汗ばむ程度の汗をかかせる。粥を啜る必要はない。用法や注意点は桂枝湯と同じである。

※本条は葛根湯の組成と用法であり,本方に麻黄が入るのは注釈にもあるとおり誤りである。

【 参 考 】

『方極』桂枝加葛根湯
 治本方証而項背強急者。本方証:桂枝湯証。

【 方 証 】

主:桂枝湯証で,項背が強張り,多くは経時的に口乾、小便不利、軟便・下痢を伴う。
兼:気の上衝感、口顎の強ばり。

『傷寒論方解』
1.桂枝湯証兼見項背強者。
2.麻疹初期,疹初見未斉,見桂枝湯証者。
3.疾痢初期,或胃腸病兼見桂枝湯証者。

【参考病症】※方証(桂枝加葛根湯証)が見られることを前提とする。

 心脳血管疾患、頸椎症など。概ね葛根湯に準ずる(筈である)。

『新撰類聚方』
1.感冒で脈が浮弱数、発熱し項背が強張り汗があるもの,或いは表虚であれば汗が無くてもよい。
2.小児麻痺、日本脳炎、脳膜炎などの初期で,1と同じ症状を呈するもの。
3.首すじ・うなじ・肩が凝り,無熱で汗をかきやすい体質で脈浮弱のもの。
4.半身不随で頸項強直し脈弱のもの。
5.葛根湯の適用範囲で虚証のもの。

 その昔,“葛根湯医”と呼ばれる漢方医が居たそうです。多くの患者に「葛根湯」を処方していたようですが,「葛根湯」は決して万能薬ではないので,その漢方医も“証”を見極めて適切に使用していたはずです。
 私が留学していた際には,ある老中医が「小建中湯」をよく処方していました。世間話をしながら患者の腕に触れて筋肉の緊張度も探っていたようです。

※「葛根湯」の適応範囲は比較的広いですが(これでも“比較的”と言える程度です),“カゼの初期”に限定されては本来の役割を全うできません。

掲載:2023/07/15
更新:2024/08/24


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